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好きな人との別れ、嫌な人間との出会いを、どうとらえるのか?

目次

幼稚園児の頃から、人生どう生きるのかを考えていた

私は、子供の頃の記憶がけっこうある。
以前、clubhouseで、うちの子を平舘さんみたいに育てたい(打たれ強く、困難も突破し、明るく生き抜けるという意味で・笑)ので、親にどう育てられたのか、子供の頃、どんなだったのかを聞きたいと、質問をされたことがある。

意外に思うかもしれませんが、私は問題児ではなかったし、集団行動もできたし、大人の言うことはちゃんときいていました。

しかし、なぜそうしていたかというと、これが、幼稚園児や小学生の私の、生きていくために、すべきことというか、そうしないと、生きていけないと、なんとなく理解していたからです。今は自分はまだ子供だから、しょうがないなって(笑)


子供の頃、駄々をこねたり、泣き叫んで、あれ買って!とか、そういうことが一度もなかった、と親が言っていた。


好奇心旺盛で、活発な子ではあったのですが、今思えば、その頃から、私は、マーケティング思考で、置かれた状況を客観的に見て、分析して、自分の思うことを叶えたり、親や先生を説得したり、ってことをしていました。

幼稚園の卒園式で、好きな男の子と離れることに関して私が友達に言ったこと

私は、ビービー泣いたりはしなかったけど、感受性がすごく強い子供だったかもしれません。幼稚園の頃から、色々考えるのが大好きで、今思えば、ぼんやりだけど、6歳にして人生の真理みたいなことに気づいていた

今でも覚えているのが幼稚園の卒園式で、当時仲良しだった女の子の友達と話したこと。これが、人生の真理をついていたなと思う。

私も、そのお友達も好きだった〇〇君とは、小学校が別々だから、もう会えなくなっちゃうね、という話をしていました。

お友達が「美木ちゃん、〇〇君に会えなくなっちゃうの、さびしいね、悲しいね」って言っていた。
そこで私は、慰めるように、その悲しそうな友達に向かって言ったのでした。

「〇〇君は、幼稚園で好きになった子。だから、もう、幼稚園でのことは、今日でおしまい。これから私たちが一緒に行く小学校で、きっと、また好きな子ができるし、もっと楽しいことがいっぱいあるよ。だから、もう、今日で忘れちゃお!幼稚園は、幼稚園でのことだし。小学校はきっと楽しいよ!」って
めっちゃ割り切っていました(笑)

当時、6年しか生きていなかったのに、なぜか、人生はこれから!幼稚園で体験したことなんかよりも、もっともっと楽しいことを経験できるだろうし、もっと好きな子と出会う、ってことを、なんだか知っていた!6歳で!(笑)

で、その悲しそうにしていたお友達も、あっさり、「そうだねー、幼稚園は今日でおしまい!忘れちゃお。小学校で好きな子できるね。楽しみだね~」って(笑)
女って、こういう生き物です、はい(笑)

人生で、何人の人を好きになれるのか?

私は、なかなか人を好きになりません。
いいな、くらいは思っても、なかなか本気で好きにはならない。


いわゆる世間で言われているような理想が高いわけじゃない。
その状況を知っている友達が言ってたことが、ものすごく的を得ていた。

「美木ちゃんてさ、一見、好きなタイプは、よく女性があげがちな理想のタイプのAからEまでの選択肢のどれかにありそうな雰囲気なのにさ、そこには興味がなくてさ、正解は、”あいうえお”の、”う”です!って感じ(笑)」って。

私は、”う”になかなか出会えない。年収とかルックスとか、学歴が高いとか、優しいとか、不動産持ってるとか?(笑)、家柄がいいとか、昔から、そういう基準ではないので、逆になかなか出会えない。
だからお見合いとか絶対に向かないし、実は今まで何度も話をもらったけど、事前にお断りしている。それでも、半ば強引に引っ張っていかれたこともある。
だって、う、はさ、お見合いとかには、絶対に来ないもの。セッティングする人にも申し訳ないじゃない?
周りにはなかなか理解してもらえないけど、私は自由好きなので、わざわざ、好きな人風な人とかに行動範囲を縛られるのが嫌なのだ。友達でいいじゃん。一人でも楽しいから、ってなってしまう。何言っても、負け犬の遠吠え扱いされてしまうけどさ、ひとり楽しいよ!(笑)


でも好きな人はいた方がいい。それは、私もそう思っている。
だけど、好きな人に近い人とお付き合いしたり、結婚したりはしなくていいんじゃないか?と言っているだけです。

まして、老後の金銭面での安定とか、さびしいよとか、色々言われても、私自身、全くそうは思っていないので、何言われても全然響きません!すいません(笑)

私の友人は、バイト先や会社が変わるたびに好きな人ができていた。しかも、直属の先輩とか、上司とか、隣の席の人とか、いつも半径2m以内で。
私は、彼女の惚れっぽさが、正直うらやましかった。


好きな人がいると世界の見え方が変わる。
もっと頑張れるし、もっとイキイキできるし、もっと優しくなれると思う。
だから、惚れっぽい人って、人生最強だと思うんだよね。楽しいだろうなと思う。本当に羨ましい。


私は、今生で、死ぬまでに”う”にもう一度出会えるのだろうか?
来世に持ち越したとしてもしょうがないなと、思っている。
”A”じゃ嫌なんだもの、”う”がいいのだ。
只今私は、”う”を待ちながら、”う”と出会えなくてもめっちゃ今生楽しいじゃん!て思える人生を自分で選びながら歩み中です。

実は感謝すべきは、嫌な人間との出会いだ

人間は生まれた時は、たった一人だけど、その後の人生でものすごい数の人間と出会います。
その出会いのひとつひとつ全部に意味がある。


嫌な奴でさえ、意味がある。むしろ、人を幸せに導くきっかけをくれるのは、嫌な奴であると言っても過言ではない。
人は、嫌な奴を反面教師にして、こんな人間にはなりたくないし、ならないようにしようと思うこともあるわけだから。


私にとっての反面教師のような人とは、自分ではチャレンジや努力もしないくせに、頑張っている人のうわさ話や陰口に時間を費やしているような人です。


陰口メインの井戸端会議ばかりをし、何の進歩も成長も、生産性もないことを繰り返している人が、私にとっては最も関わりたくはないタイプ。

せっかく生まれてきたのだから、もっと自分の人生に目を向け自分を幸せにしてあげる行動をするべきだと思う。悪口言っていても、自分は幸せになどなれないし。

その人たちが井戸端会議をしているときに、その陰口の対象者は、新しいチャレンジ、学びを得て、ますます、腹立たしい対象になっていくことと思います(笑)

嫌な人間は、自分が頑張るための、エンジンであり、こんな人たちとは出会わないステージに行こうと思わせてくれる行動のための燃料だと思えば、むしろ、その嫌な人間との出会いはありがたくないですか?

私も今まで生きてきた中で、何人かそういう人に出会ってきたけど、嫌味じゃなくて、感謝しかないわ。

だって、私は、くっそーて思えば思うほど、人生が上昇していくタイプだから(笑)
私の目の前に、嫌われ役で現れてくれてありがとう、おかげで、いい方向に人生進むことができました、って、いつも思っています。

人生に起こる出会いと別れに、一喜一憂はしないでいい

もしも、あなたが今、好きな人との別れを経験していたり、超嫌な人間と会社で同じ部署に配属になっていたとしても、その1面だけで、不幸だとは思わなことです。

人は、人と関わることによって、学んだり、ひらめきを得たり、人生をよりよい方向へ転換したりできるのだから。そのどれもに全部意味があります。

また、出会った人と一生関係が継続していくことこそが、素晴らしいとは私は思わない。
人生のある時期に出会い、色々な思いを体験し、人間として磨かれる。そのあと、別れることがあっても、それでいい。


人間の波動は、思考や行動によって、どんどん変化していくので、途中でズレることがある。
そうなると、その先は一緒にはいられなくなる、これは仕方ないことです。

だけど、必ず、あなたと波長が合う人が、別れの後には現れます。
だから、ずっと一緒にいることに執着はしないでいいと思いますよ。

今あなたが人間関係で悩んでいたとしたら、目の前で起きていることだけにとらわれず、長い人生の中でどんな意味があるのか広い視点で考えてみて。


その状況はあなたにとって、悪いことだけしかもたらさないとかは、決してないから。

ときには、人生の流れに沿って、どの方向に向かうのかわからなくても流されてみるのもいいよ。きっとあなたは大丈夫!

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