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電通マンの父が教えてくれた“ブランドになる生き方”と世界観の力

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目次

私の父のこと

今年の夏の終わり、父が亡くなり週末に49日法要を終えた。今の私があるのは、父の影響がかなり大きい。
父と私は、たぶん、普通の親子関係ではなかったと思う。

親子というより、私にとって、ずっと仕事で目指していた人であり、負けたくないライバルであり、一番認めてもらいたい尊敬するメンターみたいな人だった。

普通は、父と娘の関係は、きっと可愛がられ、甘やかされるみたいな感じなんだと思うけど、全くそれはなかった。めっちゃ厳しかったですね(笑)

それは、父の生い立ちが起因していたと思う。

父のことを少しだけ書いてみようと思う。
父は、福島県福島市出身。5人兄弟の末っ子として生まれた。
小学生の頃、立て続けに両親を亡くし、非常に貧しくなり、中学生からずっと働きながら学校に通った。
貧しくて、学生服も買えなかった。

だから、親に可愛がられたり、甘やかされた記憶がほとんどないのである。

東京に就職したお姉さんたちと一緒に上京し、昼は仕事をし、夜は定時制の都立日比谷高校に通いながら、貧しい高校時代を過ごした。

いい大学に行って、いい会社に入らないと、人生がないと思っていたそうで、夜中まで、ほんとうにミカン箱を机にして住み込みで働く家の薄明りのなかで勉強をしたという。
父は、私もそうだけど理数系が苦手で、お金がないのに、国立大学を目指すことができず、奨学金をもらうため、お金持ちが多いという慶応大学を受験し、英文科に進学した。
この奨学金の返済は、かなり長くしていたと思う。
私の記憶にあるくらいなので。

そして、電通、マッキャンエリクソン博報堂、毎日新聞社を受けて、全て内定をもらい、電通に入社したという。
父はプレゼンが得意、面接で落ちたことがないと言っていたけど、そこは遺伝しているのかも。私も、人生で面接に一度も落ちたことがない。

電通って電気工事の仕事?そう思っていたけど、たのきんのサインをもらってきてから違うと知った

私が小学生のころ、ホームルームで担任の先生が、お父さんは何時に帰ってきますか?と生徒たちに聞いた。
5時の人?はーい! 6時の人?はーい! 7時の人?はーい! 8時の人?はーい!と皆が手を挙げるなかで、私だけ挙げられなかった。


先生が、美木ちゃんのお父さんは何時に帰ってくるのかな?と聞いてきたので1時くらいだと思います!と言ったら、クラスメイトに、いいなー、美木ちゃんのパパ早く帰ってきてと言われたが、昼ではなく、深夜1時だった(笑)なんかうちの家庭は、他の家とちょっと違う?とその時、うっすら思ったのだった。


子供の頃、父が勤務する電通とは、電気工事の会社だと勘違いしていた。
なんとなく、業界人なんだなとわかったのは、小学校中学年くらいになったころだった。
ある日、当時超大人気だった、田原俊彦、近藤真彦、野村義男の、サインをもらってきたのがきっかけだった。

当時、彼らが、たのきん、と言われていた時代だ。

ピンクレディの振付師の人と仲が良かったり、ロサンゼルスオリンピックの仕事で、明日の朝飯はいらない、カールルイスと食べるからとか、ミックジャガーの来日交渉に行ってくるとか、そんなことが家族での日常会話だった。

バブル全盛期の電通、激務だっただろうけど、さぞかし、仕事は楽しかったことだろう。
ダイハツ担当で晴海のモーターショー、味の素担当でキャンペーンの鍋をもらってきたり、なんとなく、そんなクライアントの仕事をしているのか、ってことを子供ながらに知っていたけど、電通マンの父の仕事っていうと、大半は大塚製薬の仕事だった。

父の電通時代の仕事の大半は大塚製薬ポカリスエット!宮沢りえ、一色紗英、中山エミリ、ZARDや織田哲郎のCMのあの時代だ

私が高校生くらいだったかな?
父がそのいきさつを話してくれた。
当時、大塚製薬は、電通の扱いではなく、別の広告代理店だった。そこを、奪いにいったそうだ。
父は、会社で扱いが小さいクライアントを一から担当したいと言い、大塚製薬をたった2人で最初担当しだしたが、これが、のちに電通でベスト5に入る売上に育っていったのであった。

父は電通マンの人生の大半、引退するまで、ずっと大塚製薬を担当していた。

父が大塚製薬を担当した時から、ポカリスエットのCMに宮沢りえが出た。ポカリスエットって、昔は、ポジションが難しい商品だったと思うけど、あのCMの世界観でかなり世の中に認知され、ブランディング的に成功したと思う。
その後、CMで使ったZARDの揺れる想いなんかも大ヒットした。

ある日、父が、デモテープを持って帰ってきた。
今度のCMの曲売れるぞ!いいぞ!と家族で聴かされたのが、織田哲郎の「いつまでも変わらぬ愛を」だった。
CMキャスティングは、一色紗英になった。


父は忙しかったので、家で家族そろって食べる夕食は、週末だけ。
今でも覚えているのが、その時話した一色紗英のCMロケの話。

ポカリスエットのCMは、青春時代を思い出させる、元気で胸がキュンとするようなシーンを、シリーズで放送していた。

あの世界観は、いまだに変わっていないよね。
アクエリアスやアミノバイタルにはない世界観で、競合を寄せ付けないブランドの世界観がいまだに続いている。

とくに印象に残っているのが、冬に流れたCM「あいしてるの国編」だ。
雪の中、高校生くらいの若者たちがキャンプファイヤーをしている。
一色紗英ちゃんがひそかに片思いをしている男子が、隣に座っていて、ふとしたときに、紗英ちゃんが手に持っている、ポカリスエットの缶を奪って、一口飲んで、彼女に返すのだ。
彼が飲んだ缶を、ドキドキした感じで見つめ、えいっ!って感じで、飲む紗英ちゃん。
間接キスってことだ。青春だね~(笑)


そのあと、「あいしてるの国は、ドキドキのカラカラです。私の命の水、ポカリスエット」と流れる。
これが、もーーーーー、本当にいいの。
胸がキュンキュンするの。
この一色紗英ちゃんの「〇〇の国シリーズ」は、いまだに、私のナンバーワンCMだ。
YouTubeなんかで観れるので、ぜひ、観てほしい。
当時のポカリスエットのCM観ると、きっと若かった自分を思い出して、胸がキュンキュンすると思うよ。


実際に出来上がったCM映像を初めて観た時に、思った。
ああ、数秒間でドラマが作れて、人の気持ちをわしづかみにする、こんな仕事をしたい。
いつか私も、こんな人の心に残る仕事をしたい、と。

その時の感動が、私の仕事の原点だ。
誰かの心を動かしたい、ストーリーを作りたい、みんながずっと覚えているような記憶に残る仕事をしたいと。

父の教えで、一番印象に残っているブランドに関することは、いまだに私の生き方の原点だ

大学1年生の頃、バブル終わりかけで、高級ブランドバッグを女子大生はみんな持っていた。
女子大に通っていた私は、友達は、みんな親にブランドバッグを買ってもらったりしていた。
だけど、私は親に買ってもらえなかった。

父にこう言われたのだ。

「いいか、おまえ、ブランドバッグを持つことで、自分のイメージを上げようとするような、ダサい女になるな。ああいうのは、ダサいぞ。中身がないやつが、そうするんだ。高級ブランドなど持たなくても、おまえがブランドになれ」

当時、お金がなかったわけじゃないはずなのに、ブランドバッグを一切買ってくれないとか、けちくさい親だと思っていた(笑)
実際に、友人たちには、美木ちゃんのパパって厳しいね、と言われたし、私も、そう思っていた。

最初は、私はお金がなかったから、ブランドを買えなくて、あまり持っていなかった。
だけど、その後、ブランドバッグを買える収入を得ても、私は、あまりブランドを買わなかった。

何に使ったか?それは、体験と学びと事業にだ

実は、私は、いまだに、エルメスのバーキンをひとつも持っていない。お金に余裕があったときに、たまたま入荷したと、お店の人に出してもらったこともあった。
正直、買おうかなと迷ったんだけど、当時の私は買わなかった。
なぜなら、私は、100万円以上もするバッグに自分がまだ見合わないと思っていたからだ。
そのとき、私は、30代後半だった。

マスコミにも当時私が社長をしていた会社が沢山取材を受けていた時だった。でも、まだ当時の自分には私自身OKを出せないなと思っていた。

バーキンは、バッグに自分ブランドが釣り合うまで持ってはいけないと私は思っている。
最近は、そろそろ持ってもいいのでは?と思うけど、そのお金があったら、新規事業や経験に投資をしようとまだ思ってしまう(笑)
バーキンよりも、商標やビジネス構築にお金を使おうと今はまだ思っている。
だから買うのは、もしかしたら、仕事を引退するときかもしれない(笑)

私は、父に仕事で一度も褒められたことがない。
日経新聞に掲載されても、WBSに出ても、ビジネス本を出版しても、褒められなかった(笑)
だから、もっと頑張らなくては、もっともっと、と思いながら頑張ってきた。
ついに、一度も褒められないまま、父は亡くなってしまった。


ただ、私は、知っている。
父が足を悪くして、父が買った別荘に行けなくなったときに、私が掃除に行ったら、父のデスクの書棚に、私の書いた本が並んでいたのを。
きっと、私のいないところで、もしかしたら、私がマーケティングの世界で仕事をしていることや、本を書いたことを褒めてくれてたのかもしれない。

お父さん、これからも、私は、あなたの自慢の娘になれるよう、お父さんも活躍していた同じ業界で広告やマーケティグ、ブランディングの仕事を頑張っていきます。
おまえが、ブランドになれ!の言葉どおり、自分がブランドになったなと自分自身が思う日がきたら、今度こそ、バーキン買うね!(笑)

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